愛と錯覚と孤独と
また愛人が、一人で飲んでる写真を送ってきた。
これどんな意味なのかしら?
誰トク?
「一人で飲んでるなら、私も誘ってほしいな」
っていつも言うけど、彼は一人で飲みたいらしい。
だったら勝手に一人で飲んで、私に知らせなきゃいいのに。

だけど言ってる私も、それほど一緒に飲みたいわけじゃない。
ただ、時間があるのに私が優先されないことが、ちょっと憎らしくなるだけ。
暇さえあれば「会いたい」って追われる恋じゃない。
だから続けられるのはわかってる。
だけど時には、無理にでも会いたがってほしいとも思う。
激しく求めてほしい。
でもそうされたらイヤになるのは私のほう。
すぐに逃げ出してしまうから。
女心って複雑ね。
昔なら絶対に耐えられなかったと思う。
自分の大切な時間に、ふと私を思い出す。
何となく、何しているのか気になる。
そうして何気ないフリをしてLINEしてくる。
少し寂しいけど、そうゆうの可愛いと思える歳になったのかもしれない。
私もどこかで偶然飲んでたら、ちょっと会えるかもなんて、期待してくれてたらいいな。
結婚する前、夫は何よりも私を求めた。
一分一秒でも会いたがり、一緒に居たがり、いつも別れを惜しんだ。
そうゆう愛され方を、当時の私も望んでいた。
何もかも捨てても私を選び、どこにも行かないように縛り付ける。
それが愛だと錯覚してた。
恋は束縛し合い、ぶつかり合い、赦し合うのかもしれない。
そうゆう激しさを、今は求めてないのかな。
最近は先の事を想像できない。
昔は好きな人といつまでも一緒にいたいとか、もしもどちらかが死んじゃったらとか、もしも他に好きな人が出来たらどうしようとか、色んなことを考えてた。
離れることが怖くて、捨てられたくなくて、ずっと一緒に居たくて、色んなことを想像してた。
だけど今は、まるでそれがない。
もしも愛人がもう二度と連絡をしてこなくても、寂しいかもしれないが受け入れる気がする。
今年に入って特にそう思う。
それは愛人だけじゃなく、彼氏にもペットにもそう思ってる。
だって、私達が出会ったのは、長い人生のほんの一瞬のこと。
お互いの人生になくてはならない存在じゃない。
きっと錯覚、瞬きしたら消えてなくなる時間。
ただひと時、会って抱き合って癒されるだけの人。
そのまま消えたって、きっと何も、誰も困らないんだもの。
だからこそ、抱き合うその瞬間だけを大事に愛おしく生きることにする。
孤独を抱きしめよう、嫌いじゃないの。
・・・
亀山早苗さんって憧れだった。久しぶりに読んで面白かった。
私もアウトローな世界のライターになりたかったんだよね。
じゅりんのTwitterもあります。たまに呟くよ。