人妻の気紛れで自堕落な生活

人妻の夜遊びとか不倫とか時々仕事とか

カレノトラウマ②

旅の途中、お互いの子供の頃の話をたくさんした。親やきょうだい、生まれた場所の話は、いつもとは違う寿クンの世界を垣間見る気がして、なんだかドキドキした。

 

この続き↓

jurinrin.hatenadiary.com

 

以前にもチラッと寿クンのお母さんの話を聞いたことがある。お母さんがお姑さんと折が合わなくて苦労した話とか、他の大人同士の人間関係が難しかったこととか。

寿クンのお母さんはご健在で、お父さんは既に他界している。男手のいない実家の畑や田んぼが手薄になって、寿クンは週末の殆どをお母さんのお手伝いに行ってる。年の離れたお兄さんも一緒に手伝ってるみたい。時々寿クンから送られる農家の風景そのものの写真は、なんだか仄々として心和む。私は田舎の出身なので、土や山や、森や水が落ち着く。農家に嫁いだら、きっとそれなりに楽しく作業できたんじゃないのかなと思うこともある。勿論現実はそんなに甘くはないのは分かってるんだけど。

 

農家に嫁いで苦労したお母さん。お姑さんと反りが合わなくて、夜遅くまでお姑さんに言われた作業をするお母さん。時々隠れて泣いてる姿を、そっと見守るしかなかった少年時代。寿クンは多くを語らないけど、お母さんを助けないお父さんにジレンマも感じていたんだと思う。

でもお姑さんは、孫の寿クンには優しい。大人の人間関係の狭間で、顔色を窺って寿少年はどう立ち振る舞えばよいのか、多分いつもベストを探し続けたんだろう。

男の子は‘‘お母さんの恋人‘‘だから、きっとお母さんを助けてあげたくて歯痒い思いをして、でも子供だから無力で、何にもできなくて傷つく。せめて親に迷惑をかけまいと必死だった子供の頃の寿クン。きっとお母さんはいつも苦しそうな顔だから、寿クンは甘えることもできなかったんだろう。だから甘えられない女性と出会い、追いかける恋をして結婚した。無意識に過去のトラウマを乗り越えようとして。

 

子供は養育者から生き方、愛し方を学ぶ。どんなに愛されて育ったとしても、何のトラウマも無い人なんか、この世にはいないと私は思ってる。別に毒親じゃなくても、何不自由なく育てられたとしても、何かしら心には小さな傷をいくつか抱えてる。

それは悪い事じゃないとも思う。将来その傷から学ぶことが沢山あるだろう。自分を癒す力を養えるのも、その傷を持ってるからできる事。傷が無ければ気付かないこともあるんだから、無傷の人なんか、もしいたら逆に恐ろしいよね。

 

私の生い立ちが実は凄まじいので、私は他人には話さない。だけど傷はその生い立ちのストーリーそのものは本当はどうでも良くて、どこにどんな傷があるのか、それが大事なんじゃないのかなと思う。私の古い傷は、もうとっくに癒してきた。同じストーリーを再現する恋愛を何度も繰り返して、そうしてそのループからやっと抜け出した。だから私は自分の古傷をすっかり忘れて生きてて、だけど多くを語らない寿クンのストーリーの中で、確かに私の古い傷も少し傷んだ。きっと寿クンと私の傷、似てるんだよね。

 

「りーちゃんはどんな子供時代だったの?」

 

「んー偏食児だった。お母さんが完璧主義で、どうにか私の偏食を無くそうとするけど直らなくて、でも成長期になったら何となく直った。今は何でも食べるけど、お肉は全く食べられなかった。生魚やお米も嫌いだったよ」

 

「え、何食べてたの?」

 

「うーん、野菜と豆腐と、卵かな。お蕎麦は小さいころから好き」

 

「じゃあ、今はホントになんでも食べれるようになったんだね」

 

ランチに大盛のサラダと共に、ステーキを頬張りながら話す。幼い頃、全く食べられなかったお肉が今は美味しい。量はそれほど食べられないけど、今は何でも好きだ。

素直に私の話を聞いてくれる寿クン。偏食の訳は尋ねられなかった。でもわかる、何かを感じてるんだよね。私達の共通項は出会った時から何となくわかってた。生まれた場所も育った環境も全然違うけど、従姉弟みたいな距離感。懐かしい何かを共有してる感覚。

 

f:id:minajurin:20191110212037j:plain

 

この人が好きだなぁと思う。愛してるんだなぁって感じる。まるで他人事みたいに、自分の気持ちを遠くから眺めてるように。寿クンのまだ癒されていない傷を、私が引き受けたいと強く願う。きっと本人すら気付いていない小さな傷を、私が舐めて治したい。

普段は頼りなくて、要領が悪くて、私の顔色ばかり窺って、自分の意思が見えなくて、本当に苛々するのに(苦笑)そうゆうとこも全部、私のネガティブな感情とは別に、愛してるんだなぁって思う。そうして、こんなに深く愛してるって思えてよかった、とも感じたりする。注ぐ場所があるから愛が溢れる。そうして私達は気持ちの良い循環を繰り返す。

 

寿クンが自分の価値を高めて私に差し出そうとするのは、幼い頃にありのままの自分で伸び伸びと暮らせなかったからなんだろう。私もそうだった。でも私は尖がって自分勝手に生きるほうを選び、寿クンは自分を抑えて人と調和することを選んだ。私達は根っこが似てるんだね。だから惹かれ合うのかもしれない。そうして生き方の真逆を目指して、今はその答え合わせをしてる気分。どっちでも良かったし、どっちも正解だった。それが分かって今は嬉しい。

 

私がずっと父に執着していたように、寿クンは母親に執着していた。だけど母の夫、彼の父が亡くなって少しバランスを崩して。その隙間から漏れ出した彼の気持ちが、私と出会う行動を起こして、私達は出会って。縁って不思議、どんな風に出会ったとしても、きっと私達は人生のひと時を一緒に過ごすことになってた。そしていつかお別れの時が来るだろう、でも怖くないよ。きっとまた生まれ変わっても出会う人。

 

こうして二人で過ごしてると、このままプラトニックのまま、抱き合って眠れそうな気もしてくるのが不思議。まぁ二人きりになったら何事もなく眠れるわけはないんだろうけど。そんな安心感?寛ぎ方ができるのが寿クンの魅力だし、私達の相性なんだろうな。寿クンが、ただ僅かに会える時間、私に会いに来てくれる気持ちが少しわかる気がする。いや、わかったとて、それが非効率だという意見は変わらないんだけど。

 

身体を重ねるだけじゃない心の繋がりが、これほど明確に感じられる人っていなかった。夫でさえ抱かれなくなれば気持ちを疑い、放牧されたことを恨んだ時期もあった。だけどどうだろう?このまま抱き合えなくなったとしても、寿クンと私は、静かに心を寄せ合い続けられるんだろうか。いやでも、私に限ってプラトニックだけでは通用しないだろう…まぁどっちでもいい。今は心も身体も、互いに繋ぐことが出来るんだもの。

 

気付いたら小雨になってた。快適なドライブ、話は尽きない。不思議。

(続く)

 

・・・ 

やっぱり旅は良いよね。

♡♡♡ ♡♡♡ ♡♡♡ ♡♡♡

シマリス君や寿クンと出会ったのは出会い系!コロナ禍の狩人ライフには欠かせないサイト。女性は無料で使えるよ。サイト内で日記も更新してます(私を探せるかなぁ)

  出会いが見つかる安心の老舗優良マッチングサイト PCMAX

 

 
人気ブログランキング参加してます!クリックしてね♡

 

じゅりんに✉を送れるよ♡お返事はyahooアドレスから送るので、yahooアドレスが受け取れるアドレスを書いて送ってね。コチラ✉クリック♡

 

じゅりんのTwitterブログを更新しない日も呟いてるよ。たまに覗いてみてね♡